はじめましての方もそうでない方も、こんにちは、倉澤ちえと申します。
誰とも知れない人間と話をする気にはならないと思うので、私についてのお話をまず少ししたいと思います。

私は保育園時代から不眠症で、布団に入ってから眠れるまで最低でも1時間かかったため、毎日兄弟より一時間早く布団に入れられました。

不眠はどんどん酷くなり、高校でついに布団の中で陽が暮れて登るのを3回繰り返し3日間一睡もできず、先に壊れたのは身体でした。
睡眠不足で体調を崩し嘔吐を繰り返し、仕方なく内科に行って胃薬のついでに処方された睡眠導入剤が、私の向精神薬との最初の出会いです。

また、私は保育園時代は早生まれのため身体が小さく、小学校では出る杭だったため、長いことイジメに悩まされました。
ろくでもない担任に当たった小学校5、6年では、1学年全員+担任(約100名)vs 私(1名)の構図で地獄でした。
物を隠される・壊される・捨てられるのは当たり前で、給食の時間に画びょうをたくさん張り付けた汚い雑巾が飛んできたこともありました。
担任は教室に居ましたがノーリアクションでした。)

高校でも友人が修学旅行委員会で顧問から不当な扱いを受け、泣きながら修学旅行は欠席するとまで言ったので、じゃあ一緒に留守番してようかと行きませんでした。
担任の再三の忠告・促しも全拒否で、行きませんでした。親も呼ばれ三者面談もありましたが、行きませんでした。
ちなみに、友人は三者面談のあと行くことにしたみたいでしたが、私は一度決めたことを理由なく覆すのは嫌いな頑固者だったので、行きませんでした。

死ぬ前に行けるかな、沖縄(修学旅行の旅先です)。

まあそんなわけでなりますよね、人間不信。

ただ、私にとって救いだったのは、小学校3年生の時に、猫を2匹拾ったこと。
母親はヒステリー持ちの毒親でしたが、偏見がなく驚くほど素直で、愛情はあったこと。
父親は放任主義の極みでしたが、やはり愛情があり、そして「考えるちから」を養ってくれる人間だったことです。

私は強気な性格だったので、学校ではイジメに屈しはしませんでしたが、本当はやはりつらくて、ある時限界を迎え家の暗い部屋でひとりで静かにずっと泣き続けていた日がありました。
そんな時、今まで一度も自分からは寄ってくることはなかった猫が、何気なくとことこと寄ってきて膝に乗って、ただひっそりと寄り添ってくれました。

私は、そのことに奇跡を感じました。

幼い時の私は、今思えば猫には迷惑なことに、いつも自分の構いたいときに追いかけて無理矢理抱っこしてという可愛がり方しかしていなかったため、特別好かれてはいなかったのに。
なので、私は無類の猫好きでして、ここまで生き延びれたのは猫がいつでも傍にいてくれる環境だったからだと言えます。

また、父親は私が小学生という幼い頃から、テレビや新聞の情報から、今日あったことまで、色んなことに関して対等に討論をしてくれるひとでした。

私が少なからず「倫理」「道徳」「思考」「正しいこと」といったことについて「考えるちから」があるのは、そのおかげです。
そして、母親は酷いヒステリー持ちでしたが、キレていない時は、全力で私を守ってくれるひとでした。また、馬鹿がつくほど正直で素直な人でした。

そんな崩れ気味のジェンガみたいな家庭内で、母が私が20代の頃に病識のない統合失調症になり、ギリギリで均衡を保っていた家庭は崩壊しました。

私は色んな精神疾患の本を読み、医療保護入院を父に勧めましたが、父は本人が納得しないまま無理矢理閉鎖病棟に放り込むことはできないと言いました。

そして私が精神科への入院をさせたがっていると知った母は、私をもう自分の子供だと思わない、相続も1銭も受け取れると思うな、と言いました。
そこで元々、耐性がつき効きにくくなっていた睡眠導入剤の補助で使っていた精神安定剤の量が、一気に増えました。
家庭と一緒に、私の精神も壊れたからです。元々少なからずあった希死念慮が、MAX値になり、「死」という1文字が私に始終つきまとうようになりました。


そこからは色々と本当に滅茶苦茶でしたが、既にもう長文なのに、そこから今日まであらすじだけでも全部書こうとしたら現在の5倍の文章量になると思うので、すっとばして今の話をします。

ひとつは、転院に転院を重ね、よい医師と出会え、新しいアプローチのできる睡眠導入剤を処方してもらうことで、耐性で効かなくなっていた睡眠薬が効き、夜眠れるようになりました。
また、自分も精神障がいも、メンタルケアや考え方の転換があり(これは睡眠時間の確保で精神が安定してきたためと思っています)希死念慮が薄くなり、
そこから福祉の仕事に転職して、メンタルカウンセラーの資格を取得する機会に恵まれました。
同時に、現場の限界も見て、公的支援によるメンタルケアはほぼ期待できない現状と対面しました。

そこで考えたついたのは、B型事業所では上下関係や利益を上げるために実質後回しにされているメンタルケアを、自分の手で誰かに差し伸べることが出来ないかということでした。

一応、いじめ・友人の裏切りを始めとした学校内での対人トラブル、人間不信、家族内での摩擦・家族や自身の精神障がい、幼い親類の家庭崩壊による施設行きを阻止するための一時的な引き取り、金銭的な行き詰まり、自殺未遂経験十数回以上、仕事場でのトラブルや理不尽なクビきり・ほぼ詐欺な不動産金銭トラブルetc.…だいぶ色んな経験をしてます。
また、今現在も一応B型支援事務所のスタッフとして、精神・身体障がいの方のサポートも時に上司と対立しながら、利用者ファーストを胸に孤立しつつ、随時できる限り行っております。

この経験を無駄にしないため、また自分が差し伸べてほしかった手を自分も誰かに差し伸べればと、この場所を作ることにしてみました。

私自身の話は、ここでいったん終わりです。長々とお付き合い下さった方がいらっしゃいましたら、ありがとうございました。
あとはこの場所がどういった場所かについては、「当ルームの特徴」を覗いてもらえればと思います。